ブロアを焼いて考えた「もう探さなくていい」

過去数年、年に100回ほど飛んでいた私が、もう3ヶ月近くどこにも飛んでいません。自社の仕事は家からできることのみに切り替わり、大学の仕事も1ヶ月前から在宅になりました。これまで月に何十時間と費やしていた移動とそれに関わる仕度がなくなり、手持ち無沙汰になって、台所で過ごすことが多くなりました。そして、初めて焼いてみました。ブロア。


ブロアは私にとって特別なパンで、昨年、30年越しで再会しました。この再会は特別な人によってもたらされたわけですが、この奇跡的な一連の出来事を振り返りながらパン種を育て、生地を練って、数日かけて少しずつ食べながら湧き上がってきた思いがあります。それはパンに限らず「もうあちこち探さなくていいんだなあ」ということ。


ブロアはポルトガル北部で食べられるパンで、トウモロコシの粉と小麦粉(またはライ麦粉)そしてサワー種で出来ています。


*写真はミーニョ(ポルトガル)のパン屋さんで買ったブロア



私がこのパンに出会ったのはおよそ30年近く前。アメリカで学生をしていた頃。ただ当時はこのパンの名前も、原材料も、どこの国のものかも全く知りませんでした。


当時住んでいたマンハッタンでは、アパートと大学とバイト先を往復するだけの日々で、南北の移動が常でした。でもある日ふと思ったんです。「西の端には何があるんだろう?」と。そこで、ハドソン川を目指してどんどん歩いてみたところ、オープンエアのフードマーケットにたどり着きました。そこに並んでいたのがこのパン。これまで見たこと無いほどの黒い生地と、顔の大きさほどあるそのパンになぜか惹きつけられ、買ってみることに。


食べてみると、生地がホロホロしていて食べづらい。でも口に入れるとゆっくりほどけて、独特な甘みがある。そして食べだしたら止まらなくなる。


私は素朴で味わい深いそのパンの虜になり、お金と時間に少し余裕ができると、歩いて20分ほどのそのマーケットへ出向き、3ドル50セントという、当時の私には高価なパンを買い求めました(当時は食費を1日10ドルと決めていました)。


その後アメリカを離れ、過去30年近く、国内外の様々な場所であらゆる「黒パン」を食べましたが、あのパンに出会うことはありませんでした。


突然の再会はブラガにて。


ブラガは、ポルトガルの主都リスボンから電車で4−5時間北に上ったところにある小さな街。案内してくださったのは、初めてお会いするTさんと旦那様。



*写真はブラガの街



Tさんとの出会いは、2016年に私が会社を立ち上げたばかりの頃、クラウドのサービスで仕事を依頼したことがきっかけでした。仕事への熱意と、メールのみのやりとりにも関わらずこちら側をリードしてくださるお仕事ぶりに何度も助けられ、気がつけばお付き合いは3年以上になっていました。


出会った当初は実際にお会いする日が来るとは想像もしていなかったわけですが、別な仕事で急にポルトガル行きが決まり、そのことをTさんにお伝えすると「是非会いましょう」と心よく迎え入れてくださいました。


実際にお会いするTさんは想像通りの素敵な方で、「ここでの日常を体験して欲しいので」と、街をゆっくりと歩きながら案内してくださいました。そして1日の終わりにたどり着いた小さなレストラン。そこにあったのです。あのずっと探していたパンが。30年越しの再会はあまりにも感動的で、気がつけば口角泡飛ばしパンへの思いを力説していました。


「これはブロアって言うんです。きっとの地方出身のポルトガル人の移民が焼いていたんですね」とTさん。


ポルトガルの主都ですらあまり見かけることのない「田舎パン」に、マンハッタンの西の果でで出会えたこと、そして30年後にヨーロッパの西の果で、ネット上で偶然つながったTさんを介して再会したことは、本当に奇跡的というか運命的というか、言葉にならない感動でした。


一方で・・・「ずっと食べたかったパンを食べる」「会いたかった人に会う」を、最果ての地で同時に叶えてしまった自分に対して「もう十分じゃない?」という気持ちが湧き上がってきました。私の人生にしては出来過ぎている・・・。


そんな思いをうっすら抱いていた頃やってきたのが、新型コロナウィルスによる自粛生活。


以前の生活とは様変わりし、会社の売上も目減りし、これまでのように自由に動けないわけですが、今過去に例が無いほどに心が落ち着いています。


ルーティンが苦手だったのに、決まった時間に起きて仕事をし、夕方になったら散歩をして食料を調達し、家族みんなでご飯を食べて眠ることの繰り返しが、こんなにも楽しく、幸せなことなんだと初めて気づきました。(それも医療に従事している方々、私たちの暮らしを守るために努めてくださっている方がのおかげです)。


選択肢が少ないことに一番救われているかもしれません。


身近な人の知らなかった部分にたくさん触れ、「こんな人だったんだ!」と驚くこともたくさん。「ママは運動会とか卒業式とか、いつもいなかったよね」と笑いながら言う娘の言葉にハッとしましたが、娘とこんなに一緒にいるのは、幼児期以来だと思います。きれい好きなところ、絵を描いたり歴史を学ぶことが好きなこと、やるべきことは前日のうちにやらないと気が済まないこと。全部私には無いものばかり。


ロマンや奇跡を求めて、もう遠くへ行かなくていいなと思います(仕事は別として・・)。家の中も、外に負けないくらいロマンに溢れています。笑


写真は自分で焼いてみたブロア。本物にはほど遠いけど、









199回の閲覧

©2019 by NOURISH JAPAN LLC.